写真 能「敦盛」より 平敦盛の亡霊 山中迓晶
鎌倉能舞台のみなさんをお迎えして
■ 体育館が、能舞台に
この日、体育館に足を踏み入れると、
そこにはいつもの景色とはまったく違う世界が広がっていました。
能舞台がしつらえられ、
松の絵が描かれた大きな幕がすっと張られ、舞台の4隅には白木の柱。袖には役者、奏者の出入り用の五色の幕が。

体育館が能舞台に
文化庁の舞台芸術等総合支援事業として、
鎌倉能舞台のみなさんが来校し、
狂言『柿山伏』、舞囃子『船辨慶』、能『敦盛』が上演されました。さらに、能の姿勢や声を体験するワークショップも行われました。
4年生から12年生までの約100名と保護者たちが、狂言や能の世界”に浸っていきました。
■ 事前ワークショップで出会った、新しい世界
先月の事前ワークショップでは、4〜12年生が能のお話を聞いたり、能面をそっと顔に当ててみたり、楽器を手に取って音の違いを感じてみたり……
本公演では、事前に練習した「謡(うたい)」を、
『船辨慶』の中で、みんなで声に出して参加しました。
ただ観るだけでなく、“舞台の一部になる”喜びを味わった子も多かったようです。

事前ワークショップで学んだ唱
5年生は、本番のこの日を迎えるまで授業で何度も練習し、本番では誰一人歌詞をみることなく、自然と芝居に唱で参加していました。
■ 笑いと静けさのふしぎな時間
狂言『柿山伏』では、
大藏教義さんと上田圭輔さんの軽やかな掛け合いに、
会場中からくすくすと笑い声が広がりました。
コミカルな動きに
笑うたび、子どもたちの表情がやわらかくほどけていきます
何個の柿を食べたか?数えながら見てね、というクイズには多くの子どもたちが数を当てていました。
一方、能『敦盛』では、
蓬生法師と平敦盛の亡霊がつくり出す濃度の濃い不思議な空間に、
振り回す刀と美しい舞。

舞獅子『船辨慶』より 武蔵坊弁慶 梅村昌功
笛や太鼓、そして地謡と合わせての息を呑む瞬間の数々。
体育館全体がしん……と鎮まり、
凄みを感じさせる能面の光、
テラりと光る 能装束の生み出す不思議な造形
すり足の静かな音……

能「敦盛」より 蓬生法師 野口琢弘
どれもがゆっくりと心にしみ込んでいったように見えました。
字幕付き公演で、舞台袖には大きなスクリーンに
字幕がうつされてはいますが、子どもたちの目は完全に舞台に釘付け、
5感覚全てを動員し、見入っていきました。
■ 大笑い! 狂言の構えで声を出す
一転、公演のあとの狂言ワークショップでは、賑やかに、見学の保護者も全員で参加。
まずは、
中腰になり、脇を少し開いて、腰に手を置く「狂言の構え」に挑戦。
この姿勢が一番大きな声が出るそうです。

中腰の狂言の構えをし、発声する大人たち
「ぷるぷるしたら それが正しい姿勢です」に笑いながら、特に大人は「きつい〜!」と言いながらも、一生懸命に姿勢を作りました。
続いて、狂言師大藏教義さんの手本に合わせ
「おかあ おかあ
おかあ おかあ おかあ!!」 とカラスの鳴き声を
右手を大きく回しお尻を掻きながら
「きゃー きゃー きゃー きゃー きゃー」と猿。
甲高く鋭く
ぴー
ひょろひょろひょろひょろ とトンビの鳴き真似。
最後は、狂言の「大笑い」。
一人の人がこんなに大きな声がでるの?というくらい大きなお手本を聞いて、
一人一人が 大きな口を開けて
はあああああ……
はっはっはっはっは!
体育館に、温かい笑いが広がり、
緊迫した能舞台の集中から、
心もからだもふわっとほどけていきました。
■ 200年の笛がもつ深い響き
質疑応答では、小さな子から高等部の子まで、臆することなく次々と手があがります。
前回の事前ワークショップの時から気になっていたという、楽器に関心を持った生徒から質問が出ました。
「どうして200年、300年もたった笛を使うのですか?」
「今日の笛も本物ですか?」
中森貫太さんは、ゆっくりと優しくお話しくださいました。
本物を使っています。
プラスチックの安い笛もあり、簡単に音が出るのですが、
2、300年ものの笛はその音の音色で、奥行きが全く違います。
いいものを、長く何世代にもわたって育てていく、これが日本の文化で、世界に誇れる私たちの文化です。 私たちも次世代が使えるように、笛を育てて行っています。
海外の公演では、マイクを使いスピーカーを通して流すことや、録音を使うこともありますが、
音が全く違う。演じる方としては、生でやりたい。
スピーカーを通してしまうと、ただ音が大きいだけで、全く別物になってしまう。
生の音、その現場で演じることでしか伝わらない、本物の力について、お話しくださいました。
その言葉は、
シュタイナー教育が大切にしている“本物に触れて学ぶ”という姿勢と、
同じ方向に流れているように感じられました。
■ 子どもたちの耳に届いたもの
シュタイナー学校では、
耳を澄ませて聞くことをとても大切にしています。
マイクを使わずに、話す人に自然と意識を向けること。
電子音より、生の音に浸ること。
始業チャイムの代わりに、教師が小さなベルを鳴らしながら校舎を歩く日常
廊下にふと漏れてくるのは、うた声、リコーダー、弦楽器などのやさしい響き。
そんな毎日を過ごす子どもたちの耳に、
200年の竹の笛の音は、どんなふうに届いたのでしょうか。

■ 日本文化の深さを受け止めて
最後に中森さんは、こんな言葉で締めくくられました。
「外国へ行く人には、日本文化のことをよく知ってほしい。
日本には誇れる文化がたくさんあるのに、
海外の人のほうが詳しいこともあるんです。
もし今日“能をやってみたい”と思った人がいたら、
高校生からでも遅くありません。ぜひ挑戦してみてください。」
子どもたちの目は、その言葉をまっすぐ受けとめ輝いていました。
日本の文化がもつ奥深さを、
しっかりと心で受け止めている姿が、とても頼もしく感じられます。
この体験が、これからどんな力とっていくのか。 楽しみでなりません。
取材・文 企画広報委員 坂東よしみ













